« 「今年も会えた」、の幸せ | トップページ | 春の速達便は、まだか? »

2017年5月11日 (木)

緑の音階

2年後、いや来年の約束さえできないかもしれない、

 

 

 

「期限」を言い渡されてしまった同級生と

 

 

 

何年かぶりに会った日の帰り道、

 

 

 

まだ十分に明るい、夕方5時の太陽に照らされた、緑が、あまりにも美しすぎて

 

 

 

泣きそうになった。

 

 

 

 

 

見慣れた小さな山は今、それぞれに違う色合いの新緑を纏っている。

 

 

 

赤みを帯びた柔らかな緑、透明感のある黄緑色、すでに深い青緑、

 

 

 

花をつけたものは輪郭が白く浮かび、湧き上がる雲のようでもある。

 

 

 

遠目に見ても、何の木か想像がつくのも今だけかもしれない。

 

 

 

 

 

そして、こんなに様々な緑が様々なスケールでありながら、和している。

 

 

 

色んな音色の楽器が一つの音楽を奏でるように。

 

 

 

新しく生まれ変わるものの眩しさ。

 

 

 

毎年見ているはずなのに、5月の美しさが身に染みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院から一時帰宅した同級生の家は、

 

 

 

特別変わりなく、

 

 

 

本人も、痩せたこと以外変わりがないように見えた。

 

 

 

いつもの家、いつもの家族であった。

 

 

 

覚悟というものは、研ぎ澄まされると穏やかさを身につける。

 

 

 

 

 

だが、納得なんかしていない、と思う。

 

 

 

受け入れる。それしか選択肢がないからだ。

 

 

 

もがけば、鍵をかけていた哀しさが、扉を破って襲ってくる。

 

 

 

貴重な時間を哀しさで汚したくないのだ。

 

 

 

 

 

「いつも通り」に、私も救われる。

 

 

 

「いつもと同じ」が、かけがえがない。

 

 

 

 

 

時が帰らぬ代わりに、子供たちは成長した。

 

 

 

未来を描く年頃だ。

 

 

 

5年10年単位で。

 

 

 

 

 

それを見守りたかった人が、

 

 

 

1日、1週間、ひと月単位の未来を生きる。

 

 

 

 

 

 

 

明日のことなんて誰にもわからない。

 

 

 

生きているものすべて、明日の命はわからない。

 

 

 

それに、

 

 

 

同じ教室、近い席で泣いたり笑ったりしたのだから、

 

 

 

座っていた椅子を今さら遠くに持っていけないよ。

 

 

 

対岸に立てるわけもないよ。

 

 

 

 

 

お気楽に来年再来年の話は出来ないけれど、

 

 

 

今日眠りにつく時のこと、

 

 

 

明日目覚めた時のこと、

 

 

 

同じ気持ち、同じ目線で、いつもの通りに思ってみよう。

 

 

 

 

 

今度病室に行ったら、

 

 

 

窓からどんな景色が見えるか、確かめよう。

 

 

 

どの方角に窓があるか、

 

 

 

太陽はどんな感じで差し込むか。

 

 

 

 

 

季節がちゃんと届く部屋だったらいいな。

 

 

 

 

 

走るのが速くてかっこよかったとか、

 

 

 

ケンカを避けるのが上手かったとか、

 

 

 

顔を見るとホッとしたとか、

 

 

 

あなたは多分知らないであろう、

 

 

 

あなたが私たちに刻んだ、あなたのことを、

 

 

 

照れずに教えてあげよう。

 

 

 

 

 

来年の5月も、きっときれいなんだろう。

 

 

 

 

 

« 「今年も会えた」、の幸せ | トップページ | 春の速達便は、まだか? »

人めぐり日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 緑の音階:

« 「今年も会えた」、の幸せ | トップページ | 春の速達便は、まだか? »

フォト
無料ブログはココログ
2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31