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2019年3月29日 (金)

「もう知っている」の落とし穴

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10日ほど前のこと。

 

月に何度かは車で通る道の脇に、10メートルほどの木が2本。

 

その枝先が黄色くフワフワしたものに覆われているのを見つけて、思わず引き返した。

 

車を降りて近づくと、満開のアカシア(フサアカシア?)

 

しばし立ちつくし、見惚れた次第。

 

 

 

この場所の春を10回見ていて、今頃気がつくとは…。

 

見つけてうれしかったような、

 

今まで気がつかなかった自分にちょっとがっかりのような。

 

 

 

「よく知っている」とか、「前に経験した」とか、

 

そういう驕りで見逃す幸せがあるな、と思う。

 

 

 

 

テレビや雑誌、そして今までの自分の経験で、

 

毎日は割と難なく回っていく。

 

疑問を持たなければ、苦しくもない。

 

 

だけど、ふと、「それって本当?」と自分に問うてみると、

 

芋づる式に、「?」が続く。

 

「わからない! なぜ? これでいいの?」は、ストレスだが、

 

追いかけると、様々な扉が開く。

 

 

 

昔観た映画とかを、

 

何年かたってもう一度観ると、

 

全然違うところで泣けたりする。

 

 

それは、年とって涙もろくなったわけじゃない。

 

流れた時間の収穫だ、と思う。

 

大人には大人のアンテナがある。

 

 

一回見たから、やったから、で終えたら、

 

重ねた時間のご褒美もないのである。

 

 

「もう知ってる、もうわかっている」って、心の目を閉じてしまうこと。

 

そこに陥ってなかったかな?この頃の自分。

 

 

 

 

「真実は一つだ」と言い切れるものは、

 

実のところ、そう多くはないのではないかと思う。

 

求めれば求めるほど、答えが遠くなる。ひとつではなくなる。

 

 

だけど、答えはひとつじゃないとわかるだけでもいいんじゃないかな。

 

 

「自分を信じろ」とは、よく聞く言葉。

 

いいことだと思う。それにかっこいい。

 

 

だけど、もともと調子に乗りやすい自分は、

 

「自分を疑え」のほうがいい。

 

 

やっと慣れた、は、そろそろ危険。

 

「それってホントなの~?」「ホントにわかってんの~?」と、自分を挑発しなければ。

 

だって、もっとすごいもの、おもしろいものが、見えてないかもしれないから。

 

 

 

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