人めぐり日記

2017年5月11日 (木)

緑の音階

2年後、いや来年の約束さえできないかもしれない、

 

 

 

「期限」を言い渡されてしまった同級生と

 

 

 

何年かぶりに会った日の帰り道、

 

 

 

まだ十分に明るい、夕方5時の太陽に照らされた、緑が、あまりにも美しすぎて

 

 

 

泣きそうになった。

 

 

 

 

 

見慣れた小さな山は今、それぞれに違う色合いの新緑を纏っている。

 

 

 

赤みを帯びた柔らかな緑、透明感のある黄緑色、すでに深い青緑、

 

 

 

花をつけたものは輪郭が白く浮かび、湧き上がる雲のようでもある。

 

 

 

遠目に見ても、何の木か想像がつくのも今だけかもしれない。

 

 

 

 

 

そして、こんなに様々な緑が様々なスケールでありながら、和している。

 

 

 

色んな音色の楽器が一つの音楽を奏でるように。

 

 

 

新しく生まれ変わるものの眩しさ。

 

 

 

毎年見ているはずなのに、5月の美しさが身に染みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院から一時帰宅した同級生の家は、

 

 

 

特別変わりなく、

 

 

 

本人も、痩せたこと以外変わりがないように見えた。

 

 

 

いつもの家、いつもの家族であった。

 

 

 

覚悟というものは、研ぎ澄まされると穏やかさを身につける。

 

 

 

 

 

だが、納得なんかしていない、と思う。

 

 

 

受け入れる。それしか選択肢がないからだ。

 

 

 

もがけば、鍵をかけていた哀しさが、扉を破って襲ってくる。

 

 

 

貴重な時間を哀しさで汚したくないのだ。

 

 

 

 

 

「いつも通り」に、私も救われる。

 

 

 

「いつもと同じ」が、かけがえがない。

 

 

 

 

 

時が帰らぬ代わりに、子供たちは成長した。

 

 

 

未来を描く年頃だ。

 

 

 

5年10年単位で。

 

 

 

 

 

それを見守りたかった人が、

 

 

 

1日、1週間、ひと月単位の未来を生きる。

 

 

 

 

 

 

 

明日のことなんて誰にもわからない。

 

 

 

生きているものすべて、明日の命はわからない。

 

 

 

それに、

 

 

 

同じ教室、近い席で泣いたり笑ったりしたのだから、

 

 

 

座っていた椅子を今さら遠くに持っていけないよ。

 

 

 

対岸に立てるわけもないよ。

 

 

 

 

 

お気楽に来年再来年の話は出来ないけれど、

 

 

 

今日眠りにつく時のこと、

 

 

 

明日目覚めた時のこと、

 

 

 

同じ気持ち、同じ目線で、いつもの通りに思ってみよう。

 

 

 

 

 

今度病室に行ったら、

 

 

 

窓からどんな景色が見えるか、確かめよう。

 

 

 

どの方角に窓があるか、

 

 

 

太陽はどんな感じで差し込むか。

 

 

 

 

 

季節がちゃんと届く部屋だったらいいな。

 

 

 

 

 

走るのが速くてかっこよかったとか、

 

 

 

ケンカを避けるのが上手かったとか、

 

 

 

顔を見るとホッとしたとか、

 

 

 

あなたは多分知らないであろう、

 

 

 

あなたが私たちに刻んだ、あなたのことを、

 

 

 

照れずに教えてあげよう。

 

 

 

 

 

来年の5月も、きっときれいなんだろう。

 

 

 

 

 

2016年3月 8日 (火)

年輪が語るもの

この前の日曜、ふくおか森林インストラクター会の総会がありました。

 

欠席される方も多少おられますが、会員が一堂に集まる、年に一度の機会。

 

 

総会も大事ですが、

 

そのあとの懇親会が楽しいんですね

 

森林インストラクターの受験者は減っていると聞きますが、

 

ここは年々新会員も増え、特に女性の会員が増えて、嬉しい。

 

大先輩方、重鎮の方々も変わらずお元気で、いい雰囲気です。

 

 

「酒だ酒だ~」の宴でございますが、

 

駅まで車の私は、もっぱら食べるのみ

 

気がつけば、皆、顔が赤い。

 

訳が分からなくなる前に、それぞれ近況報告ということで、マイクが回ってきます。

 

 

いや、ほんとに、8070代の重鎮’sの皆様も、その下の年代の皆様も

 

それぞれに自分のペースでご活躍の様子で、やっぱり森だの山だの生きものが好きで、

 

今取り組んでいることを話されている時はキラキラしている。

 

いいなぁ~と思う。

 

 

だけど、今年、ちょっと、ハッとすることがあった。

 

ショックと言うとちょっと違うかもしれないけれど、

 

「あ、そうか、そういうこともあるのか」と。

 

 

 

 

それは、数人の方、多分みなさん7080代。大先輩の方々の話。

 

 

「最近耳がよく聞こえなくて…」と言う。

 

「いや、セミの声がね…」と。

 

ご本人たちはユーモラスに笑っておっしゃるのだけれど、

 

私は複雑な気持ちになった。

 

 

こんな、多分子どもの頃から山を歩くのが好きで、

 

鳥の声や、虫の羽音、葉のそよぎ、川のせせらぎ、

 

そんなものを全身で感じて山の魅力に魅せられ続け、

 

ほんのちょっとした森の中の音で、自然の在り様を読み解いてきた方たちでさえ、

 

いつか、少しずつ、その魅惑の微音から遠ざかる時が来るのかと、

 

なんとも意地悪な体の変化が来てしまうのかと、思ってしまったのだ。

 

 

 

そんなことはわかっている。

 

自分だってそのうち。

 

 

例えば、うちの母も数年前から耳が遠くなり、

 

私が言うことも半分伝わっているかどうか怪しくなった。

 

母だけでなく、周りにもたくさんそういう人はいる。

 

そういうものだ、と理解はしていた。

 

 

何年か後の自分の姿とも思い、淋しくないと言えば嘘になるけど、

 

それはそういうものだとわかっているつもりだった。

 

 

だけど、違うんですよ

 

テレビの音ならばボリュームを上げればいい。

 

話すときは大声で話せばいい。

 

 

でも、山が大好きな人が愛した音は、微かだから美しく、

 

それを全身全霊で聞き分けることが愉しみであったはずなのではないかと。

 

季節の鳥のさえずりも、体の一部のようになった者から、

 

美しい音を味わう醍醐味を遠ざけてしまうことが、

 

残念に思えて、なぜだかその時は気になって、

 

楽しい話も、心では笑えんような気持ちになってしまった。

 

もったいないやろと。

 

 

 

だけど、しばらくして、

 

いや、あの方たちには、十分な「蓄え」があるのだと気づいた。

 

 

たくわえ…もちろんお金のことを言っているのではない。

 

あの方たちが、感じ、予測し、検証し、対処してきた経験は

 

確かな層になり、身は、太く、強く、しなやかに、大きくなっていった。

 

 

大木は、小さなことで倒れたりしない。

 

そして、大木にしか見えない景色がある。

 

 

五感をとことん磨き続けると、第六感はゆるぎないものになっていくのではないか、

 

聞こえぬものが聞こえるようになっていくのではないか、

 

そんな思いにたどり着き、同情のような気持ちを抱いた自分が、少し恥ずかしいような気になった。

 

 

 

 

どうも、この頃の自分が、「介護」というものの中にあるせいか、

 

年を取ることをネガティブにとらえてしまう癖がついてしまったのもしれない。

 

いかん いかん。

 

 

 

 

いや、先輩方の話の時に、介護という言葉を持ってきては、はなはだ失礼なのだけれど、

 

(すみません、介護についての話を少しさせていただきます)

 

この頃思うことがある。

 

 

 

「敬う」という感覚を閉ざすと、介護の問題は、ただの厄介な事柄になってしまう。

 

その人の中にある年輪の、

 

線の一つ一つに思いを寄せる感覚を持ち合わせることができると、

 

介護は授業だ。

 

 

 

どんなものを好み、どんな生き方をされてきたのだろうと、

 

その関心が、カギになって開く扉がある。

 

 

少なくとも、

 

自分だって好きなことがあり、自分らしくありたいと願って生きている人間なのだという、

 

シンプルで大切なことに気がつける。

 

 

最後にある願いは、骨に染みついているものだから、

 

記憶を失っても残るものだ。

 

 

 

そういえば、こんなことがあった。

 

私の小学校の時の恩師。

 

綺麗で厳しいけれど優しくて、おもしろくて、大好きな先生。

 

 

その先生は、字がうっとりするくらい上手な先生だったのだけれど、

 

何十年かぶりにあった先生は、

 

「この頃、手が震えて、うまく字が書けないのよ」と少しさみしそうにおっしゃった。

 

 

確かに、いただいたお手紙の字は、震えているようで、

 

かつての先生の文字ではなかったのだけれど、

 

その文章は、短くとも、思いやりにあふれた美しい文章だった。

 

この文章の美しさそのものが、先生の積み重ねた人生だと思った。

 

 

字なんて読めればいい。

 

 

何を書くか、伝えるか、だ。

 

 

 

 

色々小さな物を失くしたとしても、

 

その人から奪いきれない、その人が積み重ねたもの。

 

 

その蓄えが、あとあと人間としての自分を救ってくれる。

 

 

そんな蓄えをしたい。

 

 

お金ないけど、ぶっちゃけ欲しいけど、マジで欲しいけど、・・・

 

決してなくならない、

 

死ぬ時にピークを迎えるような喜びというものを持てたらいいな。

 

 

 

それが憧れ。

 

 



憧れの存在があることは幸せなこと。


ありがとうございます。

 

 

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2012年1月25日 (水)

臼杵のおじちゃん、天国へ

大好きだったおじちゃんと最後のお別れをするために、

妹とふたりで大分県の臼杵市へ行った。

海沿いを走る電車で約3時間。


 
小さい頃は、父が車で連れて行ってくれていたので、

電車で行くのは初めてだった。
 


今は高速も走り、ずいぶん早く行けるようになったようだけど、

まだ車で県外に出たことがない私は、片道170km、日帰りというのは

さすがに自信がなく、電車で行くことにした。

 

何年かぶりの臼杵は、天気もよく空も青い。

見覚えのある醤油工場。

靄が少しずつ晴れていくように記憶が蘇る、川沿いの風景。

 

懐かしい。

だけど、おじちゃんはもうここにいない。

当然、父もいない。

だから、あの日の臼杵と、今いる臼杵は別物。
 
 

 
あの頃は、おじちゃんも若く、父も若く、

私や、いとこお姉ちゃんもお兄ちゃんも、

放っておけば1日中飽きずに遊び続ける子供だった。

自分が子供であったことより、親たちが元気だったことの方が、懐かしい。

 
 

臼杵のおじちゃんは、口数は少ないけれど、

時々ぼそぼそと何かしゃべり、しゃべった後でぼそぼそと笑った。

 
面白いことは言わないけれど、優しいおじちゃんだった。


 
 
棺の中のおじちゃんは、ずいぶん細く小さく見えた。

この体は、魂がかつて住んでいた家。

この手、この足、この頭、体を使って、魂が一生を過ごした家だ。

体温が宿っていた家が、宿主であるおじちゃんを失った。
 
 

どうも、

体は借り物のような気がするのだ。

自前は魂だけ。

そんな気がする。


 
おじちゃんは、数年前から認知症を患い、体も弱っていた。

それに加えて、年末に骨折をしてさらに肺炎になって、いよいよ体が弱った。

しゃべることもままならかったらしい。

 
 
その痛さ、苦しさから解放されたんだから、悲しいばかりじゃないね。

残された者の寂しさを癒すのは、

痛みのない体と軽い脚で、天国へと昇るのだという信心。

まだ見たこともない天国だけど、いい所じゃないと困る。


 
喪主は、いとこの兄ちゃん。

顔は子供の頃と同じなのに、後ろ姿は、白髪のおじさんだ。

兄ちゃんは、最後の挨拶でおじちゃんの思い出をこう語った。

「缶コーヒーと海老フライが好きだった」と。

親族の会社関係の参列者が多く、どこか堅苦しい雰囲気の中で、

この話はどこか間が抜けているようにも思えたけど、

これが、家族なんだ。

これが、毎日毎日ともに食卓を囲んだ家族なんだ。

 
ごく普通の日常を幸せに味わったおじちゃんがここにいる。
 
 
何でもない1日を満足に噛みしめていた、静かな大黒柱。
 
 

 
おじちゃん、私のお父さんによろしくね。

 
 
また会う日まで、さようなら。

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木は、人間よりずっと長生きだけど、

それでもいつか、衰え枯れて死んでしまいます。

でも、一本の木が死んで倒れてしまうということは、

森の営みの中では、重要なことなのです。

 
木が枯れて葉がなくなったり、倒れたりすると、

今まで日が当たらなかった林床(森の地面)に日が当たるようになり、

そこから新しい芽生えが始まります。

また、倒れた木は、腐る(菌類に分解される)ことで、土の栄養になり、

土はうんと豊かになります。

さらに、立ち枯れ木や倒木は、動物や鳥たちの住み家になります。

老木が命を終えることで、

新しい種類の植物たちが日を浴びて生きるチャンスを得、

土が肥えて、その植物たちが大きくなることができ、

動物たちも増えていくのです。

 
だから、

若い森に比べて、老齢の森は、生物多様性が高くなり、

水を育む力も大きくなります。

 
命を終えても、次の命を支えているんですね。
 
老齢林が大切だと言われる所以です。


生きる意味なんて、難しく考えることじゃないのかも。

焦らなくていいのかも。

真っ当に生きる、小さな毎日の積み重ねが、次の何かの種をまいている。

そう信じなければ、人間も。

2010年10月 1日 (金)

海は、陸は、誰のもの?

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領海、領地…(規模を小さくして)、他人の土地、自分の土地。

そんなことでもめ事が起きて、憎しみ合う人たちを見た時、

そんなん、誰のものでもない。すべて地球のもの、人間がちょっと借りているだけやんか。

と、思ってしまう。


とはいうものの、そういうルールが必要なこともわかる。

争わずにすむルールを作るために、

たくさんの戦いでたくさんの人が命を落としたことを、

無駄にしてはならないことも分かる。

そのルールのおかげで私たちが普通に暮らせていることも。


「正しいこと」が人それぞれ違うことは難しい。

目指すものがひとつの言葉 -例えば平和- で表されたとしても、

解釈が違えば全くの別物。


何かひとつくらい、すべての人が共有できる「正しいこと」があればいいなと思う。

人間だから、人を嫌いになることもあり、それはそれで仕方ない。

だけど、

「あんたは嫌いだけど、あんたの言っていることは正しいわ」と、

そう言えたら、ホントの大人。

 

エネルギーの有効利用と言うならば、

憎むことに費やされる人のエネルギーを別のことに利用しなきゃ。

ほんとにこれこそもったいない。

憎む時の心は熱いよ。間違いなく熱。

この熱で、冷たく消えかけた何かを暖められるんじゃないか。

 
 
それを信じて、まずは自分から。


自分の有効利用。名前もない微々たる資源だけども。

 
 
 


〈写真 ちーちゃん。今そこにある危機〉


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2010年8月 6日 (金)

男前な運転とブサイクな運転

暑中お見舞い、申し上げます

暑さで体調崩していませんか? 汗で化粧崩れていませんか?
  
崩れっぱなしのもり子です
 
 
  
さて、

夏場の土日は、何かしら森林関係のイベントがあります。

子供の夏休み時期が、活動のピークです。

今週末、見習いの私も、初めて子供たち相手のイベントに参加します。

 
 
 
森林インストラクターの活動場所はたいていが山(森)で、

電車では行けないところがほとんどです。

なので、「車の運転」が必須となります。
 


去年福岡インストラクター会に入会した時、私は車の免許を取ったばかりでした。

当時の会長さんから、まず言われたのは、

「車の練習をしっかりするように」ということでした。

顔を見るたびに、今もそう言われます


しかし、車でどこか遠くに行くということは、

1. 道を知っていなくてはならない。

2. 地図が読めなくてはならない。

3. せめて人並みの方向感覚を持っていなければならない。

ということです。


福岡を長く離れていたこともあって、

地名をいわれても見当がつかない、

ましてや○○号線とかいわれても、わけがわかりません。

 
地獄の一丁目といわれた方が、まだイメージが湧きます。

 
ちゃんと車で行ける自信がないために、

行きたいイベントにも行けなかったことは一度や二度ではなく、

その度に、情けなーい気分になりました。

飯塚からだと、どこに行くにも峠越え、山越えがあり、急なカーブの連続。

それがまた憂鬱です。

 

「次は頑張るぞ」と、奮起するものの、

いざとなると自信がなくなる。そしてまた落ち込む。。。。

でも、自信がないとかも言ってられなくなり、

とうとう買いました。 通販でカーナビ。


 
届いた箱を空けたら、分厚〜いマニュアル。

なんかうんざりして、そのまま一週間以上放置。

欲しい物を買った時とは、テンションが違う。
 
 

でも、やっと昨日お試ししてみました。

いつも行くところで道は知っているんだけど、練習です。

 
 
「700m先、左に曲がってください」。(ナビの音声)

親切やなぁ。でも700mてどのくらいやねん?

道に目盛りつけとけや。

でも、ほんとに曲がるところに来ると、

「次左です」と言ってくれる。 おぉ〜。

 
ただ、案内はしてくれるけど、励ましたりはしてくれません。

「大丈夫、大丈夫」とか、「いいよ〜その調子ぃ」とか、

「ナーイス、左折」とか、言って欲しい気もする。

どちらかというと褒められて伸びるタイプだから。


便利なのは分かったけど、操作がいまいちわからない。

やっぱ、マニュアルを読むしかない

 
 
 
でも、カーナビなんかない時代には、

みんな地図だけで、初めての土地に向かっていたんだよな。

よく、「勘で、なんとなく行けちゃった」と言う人がいるけれど、

その勘だって、ただ偶然働いた訳じゃなくて、

とにかく乗って乗って、たまには間違ったりしながらも乗りまくって、

身に付いた自信と経験が生む「勘」なんだろう。
 

料理だって、仕事だって、「勘が働く」域に達するには、

やってやってやり倒さないと、第六感みたいなものは働かない。

 
今は、経験に基づく勘みたいなものを肩代わりしてくれる技術とかサービスがたくさんあるけれど、

人間の、動物としての勘が鈍るばかりのようで、喜んでばかりもいられない気持。

 
 
 
車を運転する側になって、初めて思うこと、色々。
 

教習所で教えられた交通法規は、

詰まるところ、

人に迷惑をかけないための約束事なんだと思いました。

数字で決められていることも、事故を起こさないための基準値。

規則を破るから悪いんじゃなくて、

人を危ない目に巻き込む可能性があるから悪いわけで、

警察に捕まらなければOKという訳じゃない。

 
 
運転には、本当に「人」が出て、

たまに、親切というか余裕のある運転手に出会うと、惚れ惚れする

初心者マークしかも女だからって、なめてかかる人もいれば、

初心者だから、道に入れてあげる、ゆっくり待ってあげるみたいな人もいて、

そんな男前で大人な運転をする人をみると、好きになってしまう


 

モテるモテないは、そこやねん

背が低いとか顔がどうだと、違うんや

きっとあの人たちは、運転の勘も働くし、人間としての勘も働くんだ。
 
 
 
急がなければ損をするかのごとく、

飛ばすわ、無理な車線変更するわってなブサイクな運転する奴は、

自分のことしか頭の中にないんじゃないかと思ってしまう。

 

確かに私も車の中で叫んでます。

「ふざけんな、てめー、つっこんだろか」とか

「お前、谷底に落ちやがれ」とか

そんな気分が運転に出てしまったら、これもやっぱりブサイク運転。

 
 
免許取得からもうすぐ1年。初心者マークもとれます。

そしたらば、もすこし心の余裕のあるドライバーになりたい。

一応女なので、優雅でべっぴんな運転かなぁ。

ナビの操作を覚えんとな。
 
 

ナーイス、左折。

 

 
色んな意味で、目的地は遠いです。

2010年6月15日 (火)

受験講習会 そういえば…去年

12日と13日、福岡インストラクター会主催の「受験講習会」を受けに

久留米市田主丸まで行ってきました。

電車を乗り継いで、片道2時間(そのうち電車の乗り継ぎの待ち時間が30分)。

車で行ければよかったのですが、

道がわからないし、

幸運にも道を間違えずに行けたとしても、運転だけで気力を使い果たして、

勉強にならないのではないかと不安で…

こりゃ、やっぱカーナビ要りますな。


でも、どっちかというと「電車好き」(ちょっと鉄子)の私としては、

流れていく景色を眺めながら、めいっぱい考え事にふけった往復4時間、2日で8時間は、

それなりに楽しかったな

さて講習会。去年も参加しましたが、

テキストをまともに開いてもいなかった去年に比べ、

専門用語も少しは頭に入った状態で聞く今年の講義は、

やはり面白かったです。

何もない所から、森林ができていくプロセスとか、

○○という生物が何らかの事情でいなくなると何が起こるか?とか、

単に専門用語の暗記ではなく、

「ストーリー」で把握していくことが大事と

講師の方(福岡インストラクター会の先輩でもあります)が教えてくれたけれど、

いやほんとに、そうですね。

森の土の中の微生物でも、めぐり巡って、人間の生にも関わっていて、

生態系って、

あの、「風が吹けば、桶屋が儲かる」みたいな展開。


どんな生き物も物語も単独で成立しない、

万物すべて繋がっていると理屈でわかるということは、

(正確に言うと、これからわかるように勉強するのだが

快食快便みたいに気持ちいいな。


生き物みんなで手をつないでいるという連帯感と、

手をつながれているという、ちょっと怖い責任感みたいな感覚と、

両方がありますね。


それをちゃんとわかって、試験で発揮できればいいけどな。


そんなことを考えながら、電車に揺られていた時、

やはり去年の講習会の帰り、

途中の「筑前山家」の駅で出逢ったおばあさんのことを思い出しました。

(去年講習会の帰りは、

インストラクター会の会長さんが車で「筑前山家」の駅まで送ってくれました。

会長さんの家がその駅の近くのようで)


その駅は小さな無人駅。

電車も少なく、次の電車まで確か、40分くらいありました。

他に帰る方法もないから、椅子に腰掛けてボーッと待っていたら、

どこからともなく、1人のおばあさんがやって来ました。

電車待ちの人かなと思ったら、親しげに私に話しかけたのです。


「この近くに住んでいるけど、子供も孫も美容師で家に帰るのは遅いし、

1人じゃつまんないから、

私、いつもここに来て、電車を待っている人とおしゃべりするの」とのこと。

確かにサンダル履きで荷物もなく、電車待ちの出で立ちではない。

しかし、そのおばあさん、年は90超と聞いてびっくり。

化繊のしなやかなワンピースが細身の体によく似合っていて、

ちゃんとお化粧もしていて、背筋もしゃんと伸びてて、

何より声が明るい。

年を聞いて驚いた私を楽しそうに見ながら、自分の半生を語り始めました。


子供ができたあとに、間もなく離婚をし、

そのあと、博多に働きに出て、後に自分のお店を持てた。

人と話をするのが大好きだから、客商売は楽しかったとか。

お店のお客さんを好きになって、長くつきあったけど、

相手には家庭があったから結婚もしなかったし結局別れたの。

いい男だったしいい思い出だわとか。

その時代の時代の離婚、女1人の自立、苦労は半端ないはず。

だけど、とにかく楽しそうに話すので、つられて私も笑うばかり。

そしてこう言うのでした。

「私こんな年まで長生きできて、いろーんなこと経験できて、

ほんとにねぇ、幸せだったなと思うのよね」

なまりもほとんどない口調、ほんとに幸せそうな顔で。

そして電車の時間が迫ってきた時に、駅に70代のおじいちゃん兄弟がやって来ました。

お兄ちゃんが弟を見送りに来た様子。

そしたら、そのおばあさん、そのおじいちゃん兄に

「あなたこの近くに住んでいるの?私もよ」と話しかけ、

ものの数分で友達に。


待っていた電車が駅に着くと、ホームまで見送りに出てきて(無人だから入場券もいらない)

電車の運転手を捕まえて、

「あのね、この子(私のこと)飯塚に帰るんだけど、ちゃんと連れて行ってね」
と念を押して、

電車に乗った私に「また会えたらいいわね」と手を振って、

おじいちゃん兄と仲良く帰って行きました。

おじいちゃん弟と私は途中まで一緒に帰るわけですが、

このおじいちゃん弟の半生も聞くことに。


やはり離婚して、今は北九州市の小倉でタクシーの運転手。

自分はお金はないけど、お兄さんはお金があって、よく遊びに連れて行っくれるとのこと。

その日も温泉に行った帰りらしかったです。

言葉少ななおじいちゃんだったけれど、

「この服も兄貴が買ってくれたんだ」とうれし恥ずかしそうに

私に話してくれました。

薄いグリーンのブルゾン。

仲良しおじいちゃん兄弟。

お兄ちゃんは、年とってもお兄ちゃん。弟は年とっても弟。

そうしているうちに、例のおばあさんに私のことを頼まれた運転者さんが、

電車の停車中に、

「次で降りてね」とわざわざ言いに来てくれて、

私は間違わずに乗り換えて、家に帰りました。

綺麗な夕焼けが見えた日でした。

去年の講習会は、

福岡に戻ってきてから初めて私が「新しいこと」を始めた日で、

ワクワクする気持もあったけれど、

こんな年で今さら試験勉強して、一からやろうなんて大丈夫なの?と

どこか不安に思った日でもありました。

だけど、

年に関係なく、ずっと自分は続く。

そう思わずにいられなかったな。


そして、また今年も講習会行っちゃった。


続いております。自分。

(追伸 毎度、長文を最後まで読んでくださって、ありがとう様です)

2010年6月 9日 (水)

ゴルゴな庭師 -近所のおいちゃんシリーズvol,1-

お隣さんは造園業を営んでおります。

このおいちゃん(おじさんという意味。ここら辺ではよく使う)、

昔は酒飲みでした。


2003年、この地区で伝説の大雨となった日、

おいちゃんは、やっぱり飲みに行ってました。

最初、飲み屋の1階で飲んでおりましたが、

足下に雨の水が溜まってきました。

普通、この時点で家に帰ります。

車(タクシー)が使えなくなるからね。

でも、おいちゃんは、その店の2階に上がり、

さらにお酒を飲み続けました。

その間もどんどん雨は強くなり、雨水はひくことなく浸水し続け、

ふとおいちゃんが窓の外を見た時には、

路地の自動販売機が半分以上見えなくなるほど、

水に浸かっておりました。


普通、ここでうろたえます。

が、おいちゃんは、こんなチャンスまたとないと、

窓から写真を撮りました。


タイトルを私が勝手に付けさせてもらうならば、

「2003年、飯塚の歴史的な大雨の日、大浸水と、それを見下ろす俺」

といったところでしょうか。


その後、息子に連絡を取り、ゴムボートで迎えに来てもらい、

ゴムボートで家に帰りました。

ゴムボート、こんな時のために持っているそうです。


この前、泥の色で濁った川のような浸水を背景に、

カメラ目線でニッコリ笑うおいちゃんの写真を、

頼みもしないのに、見せられました。


そんなおいちゃんも、最近では、飲みに行くことも少なくなり、

話によれば、今の楽しみは、

夜中にトライアル(激安ホームセンター)に行くことらしいです。

変わったなぁ〜。


何があろうと慌てず騒がず、

くわえタバコでトラックに乗り込む、その背中には

昔は相当暴れん坊だったんだろうなぁという気配がプンプン。

この町内会の中では、ちょっと異質の存在で、

不景気のあおりを受けて、仕事量も減り、

手伝いを雇わず1人で黙々と仕事をすることが多くなった今は、

まさに一匹狼。

若い男には到底出せないオーラを出しております。


業務用に借りた敷地の中には、

不景気のせいで売れない庭木でいつの間にかいっぱいになり、

見事な「売れ残りの森」ができてしまってます。

マツにイヌマキ、ウメにナンテン、クスノキにニッケイ、カイヅカイブキ…。

我が国の天然林、人工林では決してみられぬ、

オリジナリティ溢れる林相です。

(※林相とは 森林を構成する樹種、林冠の疎密度、林齢、林木の成長状態などによって示される森林の全体像を示すもの)


庭に父が植えていたけれど、父が亡くなり、

わからないままになっていただった木や花の名前も、

おいちゃんに教えてもらいました。

イノシシを脅かすには、ジャンプ傘ということも教えてもらいました。

(長くここを離れていた私には、この裏山にイノシシがいたということは、衝撃でしたが。。。)


そんなおいちゃんですが、

この頃は、顔を合わすと苦い顔で

「金にならんなぁ」、「だめやなぁ」と言っております。

「昔はけっこうお金になりよったんやけどな」と。

仕方ないなと何かを諦めたような顔で。


もともと喜怒哀楽を見せない人ですが、

いつも、楽しく働いているという風には見えなかったので、

私、聞いてみました。

「おいちゃんは、何でこの仕事始めたん?」と。

そしたらおいちゃん、しばらく考えて、

「やっぱ好きやったんやね、木に触るのがね、若い頃から」


そうだよね。私もバカな質問したもんだと思いました。

続けるには、「好き」という力が必要。

絶対。

「好き」は、一番最初にあって、いちばん最後にも、ものを言う正直な力。

人からどう思われても、

「好き」に費やした時間には、その人にとって何ひとつ無駄がない。

生きるためには、水と空気とお日様、そして好きという気持。

あっ、ご飯もね。

    


あまり手入れをしていない、ここの裏山はこんもりして暗い。

それを眺めながら

「そのうちトトロが出てくるばい」とおいちゃん。

庭師のゴルゴから、まさかトトロという言葉が出てくると思わなかった。

意外がたのしいお隣のおいちゃんでした。


〈★写真上、おいちゃんに名前を教えてもらったハナカイドウ。今年3月撮影
  バラ科リンゴ属の乙女系落葉樹〉
〈★写真下、ここからそのうちトトロがくるらしい
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